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山形地方裁判所 昭和49年(ワ)11号 判決

原告 佐藤五郎

被告 国

訴訟代理人 相川俊明 伊藤俊平 佐々木寛 佐々木春男 芳賀留治 ほか六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  本件事故の発生

請求原因1の事実は、原告の負傷の点を除き当事者間に争いが

なく、〈証拠省略〉によれば、原告は本件事故(衝突)の衝撃で頸部を捻挫したことが窺われる。

二  本件事故に至る経緯

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

1  本件事故の発生した国道四七号線は宮城県古川市から山形県新庄市を経て酒田市方面に至る重要幹線道路であるが、東北地方の豪雪山間部を東西に横断しているために冬期間の積雪寒冷の度が特に甚だしく、「積雪寒冷特別地域における道路交通の確保に関する特別措置法」三条一項及び同法施行令一条により、積雪寒冷特別地域(二月の積雪の深さの最大値の累年平均が五〇センチメートル以上の地域又は一月の平均気温の累年平均が摂氏零度以下の地域)内に存する道路に指定されている。

2(一)  本件スノーシエツドは、本件事故現場付近が最上川中流部の峡谷の流れに平行に接し、片側が急な山肌となつていて、雪崩発生の危険地帯であるため、崩れ落ちる雪を最上川に滑落させ、路上に落下するのを防ぐ目的で設置されたもので、その構造は波型鋼板の屋根(なお、本件事故後の昭和四六年にこの屋根の上にコンクリートが打設されたがこれは鋼板の腐触防止と雪の滑落をよくするためであつた。)と鉄製の支柱のみとから成つていて、川側に側壁様のものは設けられていない。右屋根は山肌に接着して殆ど隙間がなく、道路幅員を総て覆つたうえ最上川寄り道路端より若干突出して設けられているため、冬期間、スノーシエツド内の路面は、晴天時であつても日光が殆ど遮られ、最上川側から吹きつける雪、水蒸気あるいは車両の持ち込む雪が付着するなどして凍結状態を呈するのが通常である。なお、前記山肌とスノーシエツド屋根との間のわずかの隙間から大雨や多量の融雪があるときなど、山肌からの水が屋根の梁を仁つて流れるとか、直接山肌を伝つて道路の方へ流れ落ちることがある。もつとも、後者の場合は、山側路端に側溝があるため、これを溢れ出る場合でないかぎり、路面に水が流れ出て、これが凍結することはない。

(二)  本件スノーシエツド内の道路は幅員約一〇メートルのアスフアルト道路で、センターラインが引かれ、片側各一車線で、半径一五〇メートルのクロソイド曲線(等速走行、等角速度、ハンドル回転の条件によつて求められる曲線)によるカーブになつていて、走行車両が遠心力作用で路外に逸走しないように川側が高く、横断勾配二ないし五パーセントの片勾配をもたせて設計してある。しかし、古口側入口地点から、新庄側出口付近の様子を見取ることは不可能であるが、新旧スノーシエツドの接続部付近左車線から新庄側出口右車線は見透しができ、その出口附近から先の道路は新庄方向に左に力ーブしている。なお、古口側入口の川側ガードレールの外側に、新庄警察署及び前記新庄出張所名で「徐行」「ここから」「五〇〇m間」「すべる」と横書四段に表示した縦型看板が立てられていた。この趣旨は、特に右スノーシエツド内だけがスリツプしやすく危険というのではなく(本件スノーシエツドの全長は一三二メートル、旧スノーシエツド八一メートル、新スノーシエツド五一メートルである。右入ロ地点から新庄方向へ五〇〇メートル内に、スノーシエツドを抜け出た先で左へ急カーブしている危険箇所があり、これらを含めて運転者に警告するというものである。

(三)  本件事故当時、右スノーシエツド屋根には漏水を生じるようなき裂、隙間はなく、又スノーシエツド内の路面はほぼ全域にわたり一ないし二ミリメートル程度の厚さで小さく波状に凍結していた(〈証拠省略〉)が、局部的な異常凍結(〈証拠省略〉)は窺われなかつたし、路上に雪塊などの支障物もなく、又川側路肩に添つて排除された少量の堆雪があつたが(〈証拠省略〉)、およそこれは車の走行に支障を来すものではなかつた。

3  本件事故現場付近の直接管理に当つている新庄出張所(請求原因2(一)の本件国道の管理者等は当事者間に争いがない。)では、道路の構造を保全し、円滑な交通を確保するため、新庄測候所や国道管理のため設置したステーシヨンと称する気象観測等の基地の観測資料などを基礎にして、毎日ほぼ二回、管轄担当区域(大よそ新庄市から立川町までの区間)内の道路状況をパトロールしていた。このパトロールは、広く道路交通の安全のための道路構造及び状況などの監視であるが、担当区域が前記1、2掲記の地理的、気象的条件にあるため、冬期間は雪害対策に迫られ、除雪を最重要目的とせざるを得ない。当時、新庄出張所では、積雪が一〇センチメートルに達すると除雪作業を開始していた。ところが、本件事故当時は勿論のこと、現在のグレーダー(除雪機)による除雪技術をもつてしても、路面の雪を完全に除去することはできず、一ないし二センチメートルの雪が圧雪状態で残り、この圧雪は車両に踏み固められ増々硬くなると共に、気温の低下に従い凍結状態に移行する。そこで除雪に次いで凍結防止が必要となり、路面に塩化カルシユウムを成分とする凍結防止剤の散布措置がとられるが、右薬剤散布に関する法令や、内部規則がないため、散布の時期、場所、量等は担当出張所の判断に委ねられている。新庄出張所では道路の全面凍結、全面圧雪の状態のときは原則として薬剤散布を行わず、運転者に凍結路に即応した装備(スノータイヤ、タイヤ・チエーンの使用等)、慎重な運転等を期待し、同出張所が予め指定した急カーブ、隠ぺいされて日の当らない部分、縦断勾配の急な部分その他パトロールの結果特に危険が感じられた箇所などにつき、委託業者に指示して早朝と夕方を中心に気象状況に応じながら右薬剤の散布を実施していた。本件スノーシエツド内は、予め右重点危険区域に指定されてはいなかつたが、気象状況によつては右散布箇所に指定される条件を具備していた。

本件事故当日の気象状況は、新庄測候所(事故現場から東方へ約一〇キロメートル離れた地点)観測で、午前九時が天候晴、気温氷点下四・六度、降雪六センチメートル、積雪八三センチメトトル、正午が気温氷点下一・三度、午後三時が天候晴、気温氷点下一・四度、積雪八〇センチメートルであり、古口保線区(事故現場から西方約五キロメートルの地点)観測では、午前八時が天候雪、気温氷点下四度、降雪一〇センチメートル、積雪一八五センチメートル、午後四時が気温氷点下二度、降雪二・七センチメートル、積雪一八〇センチメートルであつた。

本件事故当日、新庄出張所では午前九時過ぎ及び午後一時過ぎの合計二回本件スノーシエツドを含めて担当区域内をパトロールしたが、そのころは、本件スノーシエツド内路面は一様に氷の被膜状態にあつた。その結果、前記気象状況など併せ考え、直ちには凍結防止剤散布の必要箇所はないと判断したうえ、夜間の冷え込みによる危険な凍結箇所を検討し、午後四時と時間指定をして前記の予め指定されている重点区間に右薬剤を散布するよう委託業者に指示した。その際、本件スノーシエツド内路面にも散布指示をしたかどうかは必らずしも判然としていないが、いずれにせよ、本件事故発生前には本件スノーシエツド内に右薬剤は散布されていなかつた(この事実は当事者間に争いがない。)。なお、新庄出張所では、本件事故発生後に、本件事故現場付近を中心に凍結防止剤を散布しているが、これは前記炎上した原告車及び斎藤車の消火のため使用した化学消火液で路面が濡れ、夕方から夜間にかけての気温の低下による路面の異常凍結を予測したからであつた。

4(一)  雪道や凍結路の走行に際して、自動車運転者はタイヤチエーンを着装するか、スノータイヤを使用したうえで、低速でしかも速度を一定に保ち、停止するときは急ブレーキを厳に避け、エンジンブレーキを使つて十分に減速した後フツトブレーキを数回に分けて踏むなどの注意をしなければならない義務がある。なお、前記事故当時の凍結状態であれば、道路構造などからして、走行速度は時速三〇キロメートル以下に保つのが相当である。

(二)  原告は、本件事故直前ころ、前記原告車を運転して本件国道を古口方面から新庄方面に向けて進行中本件スノーシエツドに差しかかつた。原告は自車後輪(普通タイヤ)にタイヤ・チエーンを着装していたものの、時速三〇キロメートルを大幅に上回る速度で、左側(川側)車線のセンターライン寄りに進入し(当時ギアーはサードに入つていた。)殆んど減速することなく進行した。ところが、進入して間もなく、力ーブに沿つて走行するのではなく、むしろ直線的に徐々にではあるが一層センターラインに接近して走行して行つたところ、スノーシエツドのほぼ中間点付近に至つてはじめて対向車線に前記鈴木車が接近してくるのを発見して危険を感じ、数回軽くブレーキを踏み、減速してハンドルを立て直し、左側に避けようとしたが、さして減速できず、結局十分にハンドルを立て直すことができないまま、センターラインを僅かに越えて対向車線に侵入し、新庄側入口から約三六・二〇メートルの地点で鈴木車と交錯するようにしてすれちがつた際、同車の右側後部フエンダー部に自車を被触させ、慌てて急ブレーキを踏んだため、強くハンドルを右にとられ、右接触地点付近から対向車線を右斜めにスリツプしながら自車を暴走させ、新庄側入口から六本巨のスノーシエツド山側鉄支柱付近に自車前部を衝突させ、その直後前記1認定の斉藤車との衝突事故を生ぜしめた。

本件スノーシエツド内の事故は、被告が自認する過去の二件のほかこれを認められず、又、本件事故当日、本件スノーシエツド内の走行車両は二〇〇〇台以上に上るが、事故は本件のみである。

以上の事実が認められ、右認定に反する〈証拠省略〉、〈証拠省略〉中右認定に反する部分は前叙認定の事実に照らしたやすく措信し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

なお、原告の右供述中原告車の速度が時速三〇キロメートルであつたとの点は、同じく原告の供述中、原告車は時速三〇キロメートルでスノーシエツド内に進入したが、間もなく路面の異常凍結のためハンドルを右にとられ、徐々にセンターラインに寄りはじめたので、直ちに足をアクセルから離して減速し、進路を立て直そうとしているうちに、スノーシエツドの中間点付近で鈴木車を発見し、ダブルブレーキを踏みながらハンドルを左に戻そうとしたが敵わず本件事故に至つたとの趣旨の部分と検証の結果とを併せ考察すると、原告が最初にハンドルをとられたという地点から、鈴木車との接触地点まで約五四メートルの距離があることが認められ、仮に原告車の速度が原告の右供述のとおりであるとすれば、原告としては、順次ギアを落しエンジンブレーキを使用するなどして、ハンドルを立て直すことは極めて容易であつたと推認されるのであり、このことに前記証人鈴木彦次(鈴木車の運転者)の証言中の、スノーシエツド古口側入口から進行してきた原告車の速度は時速五、六〇キロメートルで、接触直前までスピードをゆるめることなく対向車線から自車線(鈴木車の進路)に進入してきたとの部分を併せ考えると、原告車が時速三〇キロメートルで進入したとの供述は到底信用できない。

三  前記二2(三)認定のとおり、本件事故当時本件スノーシエツドの屋根及び新旧スノーシエツドの接続部分には漏水を生じるようなき裂、隙間のなかつたことが明らかであるから、原告の主張のうち、右隙間の放置をもつて被告の本件道路管理の瑕疵を主張する部分は理由がない。次に、右同所で認定したとおり、本件事故当時、本件スノーシエツド内路面はほぼ全域にわたり厚さ一ないし二ミリメートル程度で均等に凍結し、タイヤチエーンによつて小さく波打つような状態になつていたもので、その他には路上に雪塊とか局部的な異常凍結といつた交通の安全に支障となるものはなかつたことが認められる。しかしながら、前掲原告の供述(一、二回)からも、およそ路面の凍結がなかつたならば、原告はハンドルの急転把措置をとつて本件事故を回避し得たであろうことが窺われなくはない。

そこで、本件スノーシエツド内の路面が前記認定の凍結状態にあつたことが国家賠償法二条一項にいう営造物の管理の瑕疵に当るかどうかにつき検討する。国家賠償法二条一項にいわゆる営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常備えるべき安全性を欠いていることをいい、道路の構造は、当該道路の有する地域の地形、地質、気象その他の状況及び当該道路の交通状況等諸般の事情に照らし、安全かつ円滑な交通を確保することができるものでなければならず(道路法二九条)、道路管理者は道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならない(同法四二条一項)とされているところからすれば、道路(国道)管理の瑕疵とは、道路が円滑かつ安全な交通確保のため通常必要な構造を欠き、あるいは安全な状態に維持保全されていないことをいうと解するのが相当である。以上の観点から本件をみるに、道路管理者たる被告において、冬期間の道路交通の安全確保のためには、常に道路から積雪を完全に携除し、凍結を防止しておくことが最も望ましいことはいうまでもない。しかしながら、前記二1ないし3に認定したところからすれば、本件国道の置かれた地理的、気象的条件の下では、冬期間常時道路上から完全に圧雪、凍結状態を排除することは、本件事故当時の除雪、凍結防止技術では不可能というべく、被告主張のとおり、道路が一様に二、三センチメートルの圧雪あるいは凍結状態を呈した場合、これらの除却までも期待し、要求することはできないというべきである。又、本件国道は東北地方を東西に横断し、又山形県内の内陸地方と庄内地方を連絡する重要幹線道路であつて、冬期間の悪気象条件の下でも交通遮断の処置をとることはできない。従つて、本件国道が右程度の圧雪、凍結状態に達した場合は、被告どしては特に危険箇所について気象状況、時間(夜間、早朝)などに応じて凍結防止措置を講ずれば、冬期間道路の管理としては十分というほかなく、それ以上は運転者の道路状況に則した安全かつ慎重な運転操作に期待することによつてスリツプ事故等の防止を図ることもやむを得ないというべきである。すると、被告は前記新庄出張所をして、前記二2、3の認定から明らかなように、道路パトロール、除雪作業、凍結防止剤散布を行わせ、あるいは警告看板を設置させるなどして本件国道を管理していたのであるから、本件国道を豪雪、寒冷地域の冬期間における安全な状態に管理していたものというべきであり、原告主張の措置をとらなかつたこと(この事実は当事者間に争いがない。)をもつて、本件道路の管理に暇疵があつたものとは到底いい得ない。

かえつて、前記二4(一)(二)に認定したところによれば、原告が自車の速度を三〇キロメートル以下に抑制し、もつと早い時点で鈴木車を発見するか、あるいはセンターラインから十分に離れて力ーブに沿つて走行するなどしていれば、本件事故は容日勿に避け得たことが明らかであるから、本件事故の原因は原告が凍結路における基本的な運転操作を怠つたことに求めるのが相当というべきである。

他に以上の判断を覆えすに足る証拠はない。

四  よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野澤明 原健三郎 藤村啓)

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